おかしな午前

偏見シリーズ。藤井フミヤのことは全然知らないが、僕がバイトをしているお店に来たらきっと嫌な客にカテゴライズされるタイプの人間です。20世紀少年の映画で小学校の同窓会の幹事役として藤井フミヤが出演しているのですが、まさに僕の嫌いな人種の役を実にうまく演じていて、つまり演技力があるということなのかもしれませんが、あまりにもはまり役だったのでどうしても悪意のあるキャスティングにしか思えませんでした。しかしこれも偏見ですが、仮に悪意があったのだとしてもおそらくフミヤはその悪意に気がつかないでしょう。

 

 

サザン・桑田関連のこと。

 

 

そこそこ解っているな、と。ある一定の年代の方の洞察眼を測る物差しとして、桑田佳祐という人物をどう捉えているかを見るのは経験上かなり有効だと思います。このツイートから殊能さんは信頼ができる人だと解りますが、

 

 

これは減点ポイントです。桑田ソロでは基本的にそもそもサザンの歌を歌わないので。

もうひとつ。

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意外な。

別の話。身内の恥を晒すわけですが、中学一年生の頃、僕の勉強を父親が見てくれたことがありました。英語です。まだ一学期が始まって間もないころだったのでしょう、教科書の数詞一覧のページを開いていました。「thousand」を見て、父親が放った言葉。「thousand……サゥザンドゥ。サザンオールスターズのサザンはここから取ったのかな」。

当時の僕はサザンのことをよく知らなかったので「ふーん」と聞き流しましたが。いやあ恐ろしい父親を持ったものです。流石に今は「southern」という単語を覚えたと思いますが、それにしても。このエピソードにはいくつもの問題点があるのですが、おそらく今になってこのことを話しても父親は知らんぷりを決め込むことでしょう。

 

 

実家にいた頃は、毎週日曜日の夜はイッテQを伴侶として夕御飯を食べていました。ほぼ毎週欠かさずといった感じで、僕は視力が悪いためテレビをあまり見ないで考え事をしながら食事をすることが多かったのですが(そもそもバラエティ番組や野球に興味がなかったからというのも大きいですが)、イッテQは比較的楽しんで見ていた気がします。もっともマンネリ化は否めなく、僕がいない合間に家族も徐々に飽きがきているようですが。閑話休題。今年の春頃にウッチャンナンチャン(と言うか内村光良)にハマって以来ウッチャンナンチャンの動画を漁る生活を続けており、たまにイッテQの動画を見ることもあります。置物状態のウッチャンがあまり好きではないので好んで見るわけではないのですが。で、動画の中には以前テレビで見た覚えのある動画もあるんですが、明らかに以前とは鑑賞の仕方が違うんですね。以前は番組の作り出す「物語」に笑っていたため、キャラクター性を強調する手越やイモト以外の出演者への愛着度はほぼほぼ変化しませんでした。一方でウッチャンナンチャンを履修しウンナンと仲のいい芸能人にもそれなりに興味を持つようになってから見ると、番組の意図した笑いではなく芸能人そのものに注目してしまい、ひいては番組全体の構成にまで目が行くようになってくるわけです。格好つけた言い方をすると「消費」とは別のフェイズに移行したというわけです。これは僕のテレビ人生の中で初めての経験なのでこうして文章にしたためたわけですが、これは当たり前の鑑賞なんですかね。ちなみにイッテQは芸能人のキャラクター性にそこまで興味がなくても楽しめる番組だと思いますが、キャラクターだけで成立したウリナリは、芸能人が好きでないとまったく楽しめないでしょう。キャラクターとしての人気を確立できたであろうウリナリメンバーはその後も活躍していますが、そうでないメンバーはイマイチ、ってことが多いですね。個人的には藤崎奈々子はそんなに嫌いではないんですが。そう言えばたまたま見た笑う犬に藤崎がゲストで登場していたんですが、ウリナリでは役割が与えられていたから良かったものの、笑う犬には既に藤崎の居場所がなく、特に個性のないタレントとして仕事をこなしていたので、なんか悲しかったですね。昔のバラエティ番組の動画を見ていると、現在との比較をついしてしまうので、悲しくなってしまうことが多いです。

 

 

今はウッチャンナンチャンとサザンと小学校の思い出話をしている時が一番楽しいです。次点で宗教。小説の話は……まあ相手によりますよね。

 

 

今までは大衆的でかつくだらないものに全然ハマることができず、そのせいで小中高の間は話の輪に加われないことが多々あったのですが、ここ最近、ようやくハマれるようになってきました。ここで言うくだらない、とは、「確かに楽しい(面白い)ことは認めるが、何の足しにもならない、蓄積していくことのない、ただ消費するだけのもの」程度の意味です。で、そのくだらないものから何らかの真理を引き出すのが最終目標です。この調子でいけば小学校以来ひたすらに避けてきた野球にハマるのも夢ではありません。

 

 

売春島と呼ばれる渡鹿野島に行ってきました。天理市に続いての取材旅行です。ルポが面白いのでお勧めです。この本を読んでも相当寂れているのだろうことは伝わってきますが、実際に行ってみると予想以上に寂れていることが解ります。スナックとホテル、飲食店以外何もないんですよ。廃墟ばかり。これだけで島の生活が成り立っていることに驚きです。本当に昔は売春に特化した島だったんですね。ルポの中では大型ホテルとして現在一強状態、と紹介されていた○○○○荘にしても、ビーチには家族が一組しかいなかったし、実際は相当苦戦していると思います。とは言え他の民宿旅館と比べればマシですが。

取材旅行も済んだので、あとは資料となる本(小説や新書など)をいくつか読んだら小説を書き始めたいです。舞台や大まかなキャラクター設定は決めてあるのですが肝心のストーリーがない状態です。小説のスタイルも深くは考えていません。材料的に長編にできると思うのですが、とりあえず今回はその予行練習として短編もしくは中編。ただそれだと材料を活かしきれない気がするので、そこが悩みどころ。