進捗メモ4

昨晩ブログを更新してからちょこちょこ手入れをしていたら300字、今日は夜にコンパがあるため進捗ゼロになるところでしたが(起きる時間も遅いしコンパに行くまでの空き時間がせいぜい六時間程度しかないと思っていたので)、頑張って300字書きました。現在3150字。しかし場面的には昨日から大して変わっておらず、場面切り替えを果たしたくらいの進捗です。

僕が今何を書いているのかも知らないのに詳細を言われてもこちらとしては困る以外の選択肢がないよ!とこのブログの仮想読者が言っていますが、あらかじめ断っているように自分のための記事なので気にしないでいきます。

書きながらキャラを固めるという書き方のため妙に説明や動作の描写が増え、映像にすると一瞬で終わるようなやり取りがいつの間にか説明がなくては成立しない高度なものになってしまいました。そのせいでテンポが悪く、最初からこんなもんを読まされてもなあ、という僕の中の僕ではない仮想読者が言っています。文体的にそのような記述になるのはむしろ当然な気もしますが、エンターテイメントに特化したものと比べるとこれでいいのか、という気にもなります。方向性が違うので無視をするのもアリな気はするんですがそれにしても。

解決策として、今の原稿ではプロローグがないので、プロローグを置くことで許されるかな、というところ。しかし物語のネタ的にプロローグって置いてもいいのか、という疑問がありまして、プロローグを置くとこのお話はヤラセですって表明することになる気がするんですよね。誰かに相談したいものですが誰にもできない。

書き進めていくうちにさらにキャラが定まって、より簡潔にキャラを表現できるようになるはずなので、後でこの部分を大幅に書き直せばいいかな。これがとても現実的かつ効果的?

キャラ、と言っても主人公とその幼馴染(死語!)がどういう人間かは大体解ってきた、と言うか読者へデータベースへのアクセスを強要するような書き方をしているのですが、その割に現実的な書き込みが多く、リアリズムのレベルで微妙です。もう少しキャラクターキャラクターしたほうがいいのかな。

あとは会話が、その言動の仕方からキャラクターの紹介を済ませようという目的のために書かれているため、中身があまりないです。その会話自体も面白いものではない気がします。ここまで小さい単位で面白いかどうか判定する必要があるのかは知りませんが、そのレベルで面白いという作品は確かに存在し、それを無視できる勇気はないのでつい考えてしまいますけど、これもまた書き進めていくうちに書き方がうまくなるのかなあとか淡い期待をしています。

今回の目論見の一つとして魅力的なキャラクター、もしくはキャラクターの魅力的な動きを書く、というのがありまして、これは夏から意識しているのですが、うーむ。

書き込みが多いのは場面ややり取りそれ自体のアイディアが小さいからで、書きこむことでそれを補おうとしているんだと思います。その書き込み自体が面白いのなら問題ありませんがそううまくいくはずもなく。せいぜい言い回しに凝る程度しか自分でもわかる面白さの指標はないし。だから引用やサンプリングは良いんですよ。引用することでつまらなさの責任転嫁をしているのかもしれませんが。

全体的に面白ければいい、部分がつまらないのはしょうがないと言い切れるのならいいですが、おそらく僕のは面白いかは別として「記述」と「物語」の比率が7:3くらいになるはずで、だから記述を頑張らなくてはいけないんですよね。

ただここでたびたび「面白い」という言葉を使っていますが、一番解りやすい面白さは多分笑い、そこまで積極的なものでなくとも要はユーモアであり、僕も笑えるか否かとばかり考えている気がします。これは一般的な話をしつつモデルとなる特定の作品群が存在するからでしょう。

この話でいくと、恋愛小説を例にすると、読んでいる最中ずっとエモくなくてはいけないわけですね。なるほど。

これで解りましたが読んでいる最中ずっと面白い(笑いなりエモさなり)小説を最近は至上のものとしているわけですね僕は。だからミステリを読めないのか。

もちろんエンターテイメントに特化したミステリはありますが、部分の単位が今話をしている小説群よりも大きく、ポイントポイントでブースターをかけて面白さが持続しているんだと思います。これがいわゆるハリウッド式エンターテイメント。一方僕の想定する面白い小説とは文章単位、もしくはORそれと併せて、ちょっとした動作やセリフが良い小説ということになると思います。これは昨日書いたラノベの特徴でもありますね。もっともそれが必ずしも僕の好みとは合わないのでラノベ読者に僕はなれないのだと思いますが。

そう言えばバークリーの文章は面白くないと言われますが、シェリンガムものの三人称は面白いと思うんですよね。これはバークリーの人柄がよく出ているということなのでしょうが。

漫画を参考にしようとすると、やはり漫画は絵の魅力が大きく、これは前も書きましたが、画風と文体が必ずしも対応関係にあるのではないにしろ漫画を参考にしてそのまま小説にするのは難しいなあとか思います。でも『シンドローム』はやはり西村ツチカの絵と佐藤哲也の文体がうまく対応していたと思います。ただ西村ツチカの絵が先に用意されたとして、そこから『シンドローム』の文体を編み出そうとするのは難しい、というか無理。自意識のよく出た現代的言文一致型文体、というのが関の山かな。さわめぐ的な。文章からならば完全に西村ツチカに到達しないにしろ、あの方向性の絵を選択するのはできる気がします。だからと言って挿絵は楽だというつもりは全くありませんが。

執筆速度は、短編ならば今のままで問題ありませんが長編ですからね。部分が気になるのはしょうがないですが、長編なので全体で、ともう少し割り切る必要があります。解決策として、ネタになる文章を思いつくたびにメモっておいてストックを用意することです。ただ過去にもそういうことをしたことがありますが今読んでも全く面白くないので、どうなのかな。だから再三になりますがサンプリングはいいんですよ。パクリではないんです。