進捗メモ2

振出しに戻りました。

昨夜こそっと更新してすぐに下書きに戻した記事があるのですが、その記事では読むとつらくなる小説の話をしました。その後、今朝(15時だが)起きてからもずっとそんなことばかり考えていたら、これから書こうとしているものとの違いが解らなくなり、僕がまさに嫌っている小説を自ら書こうとしているのではないかという思いにとらわれ全部没にすることにしました。それでどうしようかとバイトに行くまでうじうじと考えていたらまたいいアイディアを思いついたので今度こそこれでいきます。トリックは同じで、物語(世界?形式?)構造はそのままにしていかにそれの見せ方を変えるか、設定やキャラクター、人称をパズルのように組み合わせてああでもないこうでもないと考えているわけです。で結果的にきのう書いた部分はまったく使えないことになりました。

思うに結局自分のことしか書けないため、純粋に物語を展開するための舞台や状況や設定を自分で考えだすのが極端にへたなんだと思います。いつも借り物でその場をしのいでいますが、その借り物を見つけるのも本当に大変で。その点推理小説は楽で、たぶん、僕の根はやはり推理小説なのだということがよく解りました。

 

関係ない話。

前にYOSHIDA-KUNのことを書いた記事で本当はダ・ヴィンチ・☆山さんの話を書きたかったのですが、昨日驚愕の事実を知りました。彼のことはツイッターを見れば解ると思いますが、僕が知るだけで少なくともここ5年間、ネットで活躍しており、それだけでなく漫画原作や小説も手掛けるなど幅広い活動をしています。そんな彼は年齢非公開。とは言ってもその作風や風貌から、おそらく30代前半なのだろうと思っていたんですが、様々な情報を勘案した結果、現在24歳だということが解りました。これにはショックを受けましたね。彼の記事や小説は好きですけど、別に彼よりもすごい小説を書ける人はたくさんいるわけで過大評価だろうと思う部分もあったのですが、その年齢のことを知ると道理で天才だと言われるわけだと納得してしまいます。天才ではないと思いますが相当に早熟な人ですね。

関係ない話。

某ツイッタラーの、某ケーキ屋四コマの漫画家に関するツイートが昨晩流れてきました。それを見てようやく自分だけではないのだと安心しました。結局エッセイ漫画は回想録と同じで、そこから解るのは作者の人柄ではなく、作者が自分をどう見せたいか、というかなり歪められた虚像で、かなり恣意的なものです。その某漫画家のルポ漫画から感じられるものになんとなく厭なものを感じ、世間ではあまりそこへ言及する人がいないので自分だけがひねくれているのかと思っていました。その漫画家は「偽善である自分に気づいて自己嫌悪する醜い自分」を描くことが多く、読者はそこに「自分を偽らない作者の誠実さ」を感じ取っているのだと思いますがまさにそれが作者の狙いで、実際にはそれよりも上位の認識が働いており、「「偽善である自分に気づいて自己嫌悪する醜い自分」を嘘偽りなく描く正直で誠実な自分」を描いているわけです。

今回の四コマも、実は闇を抱えた漫画家がその闇を乗り越えて光に徹しているのだからあざといのはむしろ当然、みたいな擁護をする人が大多数を占めます。ただ僕の見るところさらにもう一捻りあります。彼らはそのことに気づいていません。むしろ彼らの捉える漫画家像こそが当の作者が見せたがっている像に他ならない気がします。

漫画家は芸術家なのだから愚直であれとは思いませんが、ケーキ屋漫画家からはあまりにも計算高さが感じられてもやもやします。

というのが以前の記事で続きを書かなかった話です。