「時をかける少女」という楽曲について

 ここ最近の僕が原田知世松任谷由実にどはまりしていることは僕を知る一部の人間にしか知れ渡っていないことですが、このお二方のおかげで希望を持って日々の生活を送ることができています。あいかわらずスランプ気味ですがそんなことも忘れていられます。

 さて原田知世ユーミンと言えば映画「時をかける少女」と「私をスキーに連れてって」が真っ先に思い浮かぶことだろうと思います。前者は、原田知世の歌う主題歌「時をかける少女」の作詞・作曲をユーミンが担当し、後者は主題歌・挿入歌がユーミンオンパレードの映画です。

 

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 このシーンが好きなので意味もなく画像を貼りつけてしまいましたが今回の記事では「私をスキーに連れてって」にこれ以上触れませんのであしからず。

 

 映画「時をかける少女」はもう素晴らしいのなんの、無人島に持って行きたいDVDナンバー1間違いなしの作品ですが、その魅力を語りつくそうとすると必然的に僕の半生も語らなければならなくなりますので大変な労力がかかることが予想されます。しかし僕がこの映画にどう感銘を受けたか、そのことについてふれまわりたい気持ちを抑えることはできないので、一部を放出することにします。それは主題歌「時をかける少女」に焦点を絞ることで可能になるかと思われます。

 

 まずは僕と「時をかける少女」という曲との出合いについて話しましょう。

 そもそも今月の上旬ごろからユーミンへの興味が高まりつつありました。中学時代から何度か波は来ていて、これが5回目くらいなのですが、今回の波はいつもと違いました。きっかけはおそらく夏休みにレストラン「ドルフィン」に連れて行かれたこと(BY両親)ですね。ドルフィンはユーミンの「海を見ていた午後」という曲の歌詞に登場するレストランです。

 

♪山手のドルフィンは静かなレストラン

 

というやつです。恥ずかしながら僕はこの曲を知らなかったのですが、その時代から取り残されたような高級レストランを中年たちがありがたがっている様子(両親含め)を見て妙にさみしくなってしまいました。過去への憧憬みたいなものが十月上旬の僕の気分に何故かフィットし、ユーミン荒井由実時代の動画を立て続けに見ました。次に見たのは「恋人がサンタクロース」で、そのバブリー感に圧倒されました。

 しかしユーミンは過去も未来も星座も超えたような歌手ですが、もちろん言うまでもなく現役で活躍している歌手です。最近の動画もたくさん転がっています。

 そこで確か「行列のできる法律相談所」に出演した時の動画を見たのですが、ユーミンを紹介するコーナーで「時をかける少女」が流れたんじゃないかな。違うかな。それか何かの記事を見て、とにかくユーミンが「時をかける少女」という曲を作っていることを知りました。

 それかつい最近けものフレンズ騒動で持ち上がった、角川映画角川春樹が、好きな原田知世をフィルムに閉じ込めたくて作ったのが映画「時をかける少女」だ、というツイートに興味を持って「時をかける少女」を調べたところ主題歌がユーミンだったのを知ったのか。

 またはユーミンが曲を提供してヒットを飛ばしていることは元々知っていましたが、アイドルに歌謡曲的なものまで提供していることを夏休みに知ったことが原因かもしれないです。解らない。たぶんきっかけはいくつもあって、それが同時多発的に発生したのでしょうからそれぞれが同じように正しいのだと思います。

 まずはユーミンの歌う「時をかける少女」を聴こうと思いました。僕はKinKi Kidsの「硝子の少年」を山下達郎のセルフカバーで聴くような人間ですから当然です。しかしyoutubeでざっと探したところ見つからないので、しょうがないのでこれを見ました。

 

 

 コレを見た時の衝撃といったら……! みたいな感じではありませんでした。昭和のアイドルが古臭い歌を歌ってるくらいにしか思いませんでした。

 しかし注目してほしいのが、上の動画はフルバージョンではないんですね。一番のみの歌唱です。なので引き続き原田知世の歌う「時をかける少女」、今度はフルを見ました。で、最近の僕は自発性が薄れつつあるので、youtubeではある動画を見たら、続けて自動再生されるおすすめ動画を見ることが多々あります。そこで再生されたのがこちら。

 

 

 つい直前まで見ていた原田知世はおそらく15歳なのですが、それが一つ動画を経るととたんに49歳のおばさんに変身していたわけです。そして隣にいるのは平手友梨奈(調べた)、16歳(たぶん)。34年前はそちら側にいた少女が、今ではおばさん! 浦島太郎ですよ。ここで僕は初めて衝撃を受けました。

 息の長い女優・芸能人は他にもたくさんいます。例えば原田知世と同じ角川三人娘の薬師丸ひろ子とか。しかし僕はそういった方を、現在の姿を起点にしてその後に昔の姿を見るので、レイヤーが二重になるとしてもどうしても現在の姿(おばさん)が上になってしまうんですね。しかし原田知世は、もちろん元々名前は知っていましたしブレンディのCMで見かけたことはありましたが(ファンになったのでこれからはブレンディを愛用することにします)、まず名前と顔が一致しませんでしたし、自分の中で認識できていたかというと心もとない、その程度の薄い印象しかありませんでした。これは彼女の「透明性」とも関わってくる気もしますがそれはまた今度。

 なのでファーストコンタクト、ファーストインプレッションはまさに「15歳」の原田知世であり、僕の中で原田知世と言えば「15歳」の時の姿なのです。完全に刷り込まれてしまいました。となるとどうなるか。起点が薬師丸ひろ子の場合とは反対で、つまりおばさんの原田知世の上に「15歳」が重なるわけです。レイヤーの上下が解らなくなってしまいましたが言いたいことは伝わるだろうと思います。実際のところ「時間SFプラスボーイミーツガール」によくあるアレと完全に同じです。

 あとは何かの情報で知っていたのですが、原田知世は長年「時をかける少女」を歌うことをかたくなに拒否してきたそうで、それを乗り越えた感がこの動画から伝わってきたのも衝撃の理由かもしれません。詳しい事情は全然知りませんでしたがそういうのはなんとなく伝わってくるものです。

 この不思議な感覚にトリップしてしまい、「ビーバップ!ハイヒール」の筒井康隆特集も手伝って、導かれるままに大学の図書館で映画「時をかける少女」を観てしまいました。

 で、色々と感想はありますがとりえあずエンディングの映像がとてもいいんですね。

 

 

 映像そのものについては今回の趣旨を離れるので述べませんが、もう既に論旨を外れてしまっている気もするので今更なんだかなーというのもありますけどここで軌道修正を図りたいので早速主題歌について話すことにします。

 映画も素晴らしいですが、僕が惹かれたのはやはりこの主題歌があってこそのことだと思います。

 最初聴いた時にも感じたことですが、やはり古臭い曲ではあります。編曲もそうですが、原田知世の歌い方だとか。もっともそれが映画にうまくマッチしているとも言えるわけですが。音楽について語る言葉を持たないので適当なことを言ってます。

 で、古臭いからなのかとてもノスタルジックに聞こえるわけです。なんとなくですが当時から既に懐かしい感じだったのではないかという気もします。メロディが郷愁を誘っている気がするのは僕だけでしょうか、知りませんけど。

 ユーミンと言えば歌詞というくらいですが、この曲も歌詞が素晴らしく、おそらくノスタルジックであることの一端を担っているのも歌詞だと思われます。

 僕はもとから後ろ向きな人間なので、今でもたびたび小学生の時に歌った唱歌だったり卒業ソングを聴いたり歌ったりします。特に好きなのは「気球に乗ってどこまでも」です。

 

♪時にはなぜか大空に 旅してみたくなるものさ

 

 この歌を歌いながら音楽室のある三階の窓から遠くの街並みや富士山をよく眺めたものです(窓の向きが違うかも)。小学生の行動範囲はとても狭く、たった三階の窓からの風景でもひどく遠くに思えるのですが、ここで重要なのは、「気球に乗ってどこまでも」には「旅」を思わせるモチーフがあるということです。小学校で歌った曲は他にも旅を思わせる曲が多く、例えば「君をのせて」、「大空賛歌」、「大空がむかえる朝」(これは少し違うかもしれない)など僕の好きな歌はたいていそうなのですが、これは明らかに「未来に向かってはばたけ!」的メッセージが文部省の方から発令されているからでしょう。それとももっと根源的なものが理由なのかもしれませんが、ともかく小学校の時の記憶もあって僕の中では旅とノスタルジーは深く結びついています。

時をかける少女」に戻りますと、この曲も間違いなく「旅」のモチーフがうかがえます。愛する人に出会うために過去も未来も宇宙もかけ抜けるという、どこか未知の場所へ向かおうとする曲ですから。そう考えますと歌詞と相まって曲調や原田知世の歌唱も、どこか小学校の唱歌を思わせるものがあります。そもそも歌詞自体が、少女目線だからか平易な言葉が用いられており、小学校の唱歌としても通じそうなものだと言えそうです。

 そして「懐かしい」という思いを完全なるものにしてくれるのが二番の歌詞です。

 

♪ゆうべの夢は金色

 幼いころに遊んだ庭

 たたずむあなたのそばへ

 走ってゆこうとするけれど

 もつれて もつれて

 涙 枕を濡らすの

 時をかける少女

 空は宇宙の海よ

 褪せた写真のあなたのかたわらに

 とんでゆく

 

「卒業写真」と同等か、それ以上に素晴らしい歌詞ですね。ユーミンは少年・少女時代または青春時代がもはや過去になってしまったことを書くのが天才的にうまいと思います。 

 自分のことを書くようで恥ずかしいですが、「夢」はやはり記憶、それに伴うノスタルジーと強く結びついている気がします。願望を充足する機能を持つ夢ですが、しかし思い通りにいくとは限らず、そのもどかしさ、そして目覚めた後のせつなさまでをも見事に表現したのがこの歌詞です。「褪せた写真」という言葉が示すのは、「あなた」は現在「わたし」の傍にはいないということです。映画と違うのは、その「あなた」が未来人ではなく過去の人間だということです。しかし「時をかける」のは何も未来への志向性ばかりではなく、むしろ帰りたい「過去」に向くのが当然だとも言えますねって僕は何を書いているんだ。文章になっているか全然わかりません。

 とまあ二番の歌詞が素晴らしいわけですが、ここで一つ上の次元の話をしますと、まず原田知世(十五歳)&映画「時をかける少女」という存在がそもそも現在とは圧倒的に断絶された過去として我々の前にあるわけですから、当然ノスタルジックな対象として存在するので、「原田知世(十五歳)&映画「時をかける少女」」=「褪せた写真のあなた」という式が成り立ってしまい、だから「時をかける少女」は二重にノスタルジーな曲になってしまっているのです。

 これでだいたい原田知世時をかける少女」という曲について思うところは書きました。次は松任谷由実時をかける少女についてです。

 

 ユーミン原田知世にこの「時をかける少女」と「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」を提供し、自らも歌っています。この二曲は15枚目のオリジナルアルバム「VOYAGER」に収録されています。

 基本的にユーミンバージョンの「時をかける少女」は原田バージョンと違いませんが、若干テンポが速く、そして音が足してあります。原曲のアイドル歌謡ぽさが若干薄れています。

 こちらもいいんですが、やはり原田の方に軍配を上げたいところです。人生のある一時期にしか出せないものを封じ込めたようなオリジナルにはユーミンでさえ敵いません。なので、原田知世自身による最近のセルフカバーを聴きましたが、アレンジが凝っていて新たな魅力を発掘した曲になっているとは思いますけどオリジナルを超えているとは思えませんでした。

 映画のタイトルをそのままつけた提供曲だし、とてもビジネスライクな曲のようにも思われますが、一応アルバムの最後を飾っており、うれしくなりました。

 

 で、番外編ですが、ユーミンには「時をかける少女」を完全リメイクした曲があるのです。

 それは「時のカンツォーネ」という曲です。29枚目のオリジナルアルバム「スユアの波」に収録されています。

 先ほどの僕と「時をかける少女」との出会いの経緯をだいぶ覆すようで申し訳ないのですが、僕が「時をかける少女」を知ったのはこのアルバムが原因です。十月五日に「スユアの波」を買い、これに収録されている「時のカンツォーネ」経由で知ったのです。

「時のカンツォーネ」を説明しますと、「時をかける少女」の歌詞はほぼそのままで、メロディを完全に置き換えた曲です。「1/6の夢旅人」と「1/6の夢旅人2002」の関係みたいなものです。

 

 

 

 聴いてもらえば解ると思いますが「時をかける少女」とは全く印象の異なる曲です。「時をかける少女」がノスタルジーな分、かえってエバーグリーンとでも言うべき安心感や前向きさを感じさせる一方、「時のカンツォーネ」はその輝かしい日々(「時をかける少女」)が完全に通り過ぎた現在を感じさせる悲しい、複雑な気持ちにさせる曲になっています。全然ノスタルジックではないです。とは言え既に二十年も前の曲です。これは90年代からは文化的な進歩が滞っているということなのかもしれませんが。

 何故ユーミンがこんな曲を作ったのかと言うと「スユアの波」収録「夢の中で〜We are not alone, forever」と一緒に97年公開角川春樹監督の映画「時をかける少女」の主題歌に使用されたからです。

 未視聴なんですがこの角川春樹版「時をかける少女」は実に興味深い映画でして、三十歳になった原田知世がナレーションを担当しているんです。ユーミンの曲、大人になった原田知世という状況に加え、角川春樹の90年代の落ちぶれ具合も考えますと、つくづく諸行無常を感じます。

 

 今度こそ吐き出してしまいたいことはだいたい吐いたと思います。まとまりに欠けた終わり方ですみません。

 

 ではまた。