「笑かせてくれる」小説

「ペインキラーの読書曜日」で「笑かせてくれる」という表現を見て最初は誤字かなとも思っていたのですが、なんか語感がいいので僕も文章を書く際には「笑かせる」という表現をたまに使っていました。ところが昨晩バイト先でお客さんが「笑ける」と言ってお腹をよじりながら爆笑しているのを見るにつけようやくこれが関西的表現であることに気がつきました。谷川流は兵庫の人ですからね(ここでペインキラー=谷川氏という事実をさも当然のように扱っていることからお解りの通りこれは「知らないと笑われる」レベルの一般常識です。知らなかった人はこれを良い機会にこっそり覚えておきましょう)。その際お客さんが連れに「最近太ってるんとちゃうか」と言われて「違う、これは可愛らしいお肉や」と反論し、「可愛らしいお肉」という物言いが気に入ったのでこれまたいつか使おうと思います。


 さて。読書曜日では「笑かせてくれる」小説をいくつか紹介しており、それに倣い僕も笑った小説をいくつか紹介してみようと思います。それと言うのもサークルで「awoが笑う小説なんてあるの?」と以前訊かれた際に何と答えたものやらみたいなことがあって以来、ことあるごとに笑かせてくれる小説のことを考えてきたからです。


 まず筒井康隆スラップスティック

 これは当然ですね。計算され尽くした笑い。具体的なタイトルとなると困るのですが、短編集を読むと二、三の短編で笑いが止まらず呼吸困難に陥るため人前では読めないです。あとはパロディ。「カラダ記念日」とか。形式を徹底的に遵守することで生まれる笑いとかその辺のことが柳瀬尚紀との『突然変異幻語対談』で詳しく述べられておりとても勉強になりました。この本では主にナンセンスについて語られ、筒井のナンセンス的な言葉遊びもクスッとはなりますが、あれは「おかしみ」に属する気がします。どこがどう違うかと言うと解らないですが。


 佐藤哲也のナンセンス小説。

 大笑いしたのは『沢蟹まけると意志の力』と『熱帯』。次点で『サラミス』。

 これらは繰り返しによる天丼というやつですかね。あとはぶっ飛んだ展開。淡々とした文章で法螺を吹かれるのに僕は弱く、それで言うと円城塔も同じ部類に入るのかもしれませんが、使用される言語が別物なので理解が及びません。


 レーモン・クノーやジャック・ルーボー。

 ウリポという括りで二人を並べてみました。円城塔はウリポにはどうも否定的なようで、真面目すぎると言ってます。しかしジャック・ルーボーは例外とのこと。解らなくはないです。ナンセンス小説ではあるもののどうもクノーは自由奔放な感じはあまりしないです。とは言え文学的ギャグみたいなものはやはり冴えていて、『サリーマーラ全集』とか『青い花』は良いです。ルーボーはオルタンスの第一作しか読んでいませんがナンセンス度がぶっ飛んでいて文字を追うだけで楽しいです。


 この辺の笑いはユーモアと結びついている気もするのですが、『ボートの三人男』は楽しさこそ解るものの実際に笑えたかと言うと別で、でも『吾輩は猫である』では結構笑えたんですよね。猫のシニカルなものの見方も面白いんですが、圧倒的な知識を基にした漢語的な物言い、壮大なレトリックが面白かったのかもしれず、正しい鑑賞なのか解りません。


「物言いそのものが面白い」のは森見登美彦で、でもそれだけではないんですよね。僕はこれをボケの文体だと思っていますがそれですべてを説明できるほど楽ではないです。でも実際に笑ったのは夜は短しと四畳半、ペンギンくらいで、走れメロスは全然笑わなかった気がします。森見登美彦を続けて読んで食傷気味だったというのもあるとは思いますが。関連して内田百閒(一発で変換できた)のエッセイを読んでいるのですが、あれはいまいち笑いどころが解らないです。


 そう言えば『銀河ヒッチハイク・ガイド』を読みましたが、案外笑いませんでした。ユーモアSFと考えればちょうどいいものではあったんですが、爆笑できるものだと期待していたので拍子抜け。その代わりに筋が壮大なものだったので良かったんですが。


 スラップスティックに戻りますとアントニー・バークリーはとても良い作家です。ミステリの捜査パートは物語構造的につまらないものと言え、それをどう克服するかが鍵ですが、バークリーはスラップスティックで解決している気がします。ただしシェリンガムがいないとどうしようもなく、若島正氏がシェリンガムは地味だと言っていますが彼がいないと物語は成り立たないんじゃないでしょうかね。あとは三人称小説の場合、地の文が面白いです。英国風ユーモアとかいうやつなんでしょうか。人(登場人物)を馬鹿にしたような物言いや女性に対する辛辣なコメント、いくつか面白いのを実はメモしています(いつか使うのでここではお披露目しません)。あとはプロットとユーモアの融合。その極致は『ジャンピング・ジェニイ』です。犯人が必ずしも悪人ではない、という考えと相性が良いというのもあるかもしれません。


 石川博品も外せません。『クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門』の評判はいまいち良くないようですが、五行に一度くらいの頻度で笑かせてくるこの密度は他に類を見ません。石川の小説は一見支離滅裂のようにも見え適当に書いているのではないかと思っていた時期が僕にもありましたが、プロットの段階でどこにギャグを入れるかしかと決めてから書くというようなことをどこかで言っていた気がします。逆に森見登美彦はその場の思いつきでギャグを入れているのではないかとも思います。


 最近読んだ土屋賢二の『われ笑う、ゆえにわれあり』は読者が能動的にツッコんでいかないといけないボケ型の文章で森見とか『銀河ヒッチハイク・ガイド』と並べられることもありそれは解りますが、やはり哲学者という肩書に騙されているのかもしれませんが逆説的な思考に笑いがあるのだと思います。


 カミの『ルーフォック・オルメスの冒険』は笑いました。解説で落語と比べられてもいましたが、ホームズのパロディ的な笑いも多分にあります。カミはもっと読みたいです。


 いずれにせよ笑える小説というのは読んでいる最中に笑えなくては駄目だと思います。ここで冒頭の会話に戻りますが、サークルで「awoが笑う小説なんてあるの?」という会話があったのは確か『六枚のとんかつ』の話をしていた時です。ミステリには「問題編がいくらつまらなくても解決編が面白ければすべて帳消しになる」という考えがあり、これはエロや下ネタが絡んだミステリにも当てはまる、という読者が多いようです。つまりバカトリックさえあれば良いのだと。それは例えばhysk吝であったり六とんであったり。どちらもトリックありきのエロバカミスですが、トリック単体がバカってだけで笑いを取ろうとするのは安易な気がします。六とんはともかく吝作品の場合、問題編で笑いどころってありますかね。それに第一吝はバカさが足りなくないですか? もっとも流水作品でさえも「本当の本当に馬鹿だなあ」とこそ思えど爆笑はしませんが(『彩紋家事件』の、終盤での犯人のセリフは大爆笑しましたが)。なのでバカミスは難しいと思いますしユーモアミステリの方がコスパが良い気がします。でもユーモアミステリというのも難しく……この話題はやめにします。


 笑える小説というのは何通りかあり、時間があれば分類してみるのもアリだったんですが、この分野には疎いのでサンプルが満足になく。また、そのパターンのうちでも個人的に特に好きなものというのがあり、これは内緒です。本当の気持ちは秘密です。