八月十八日

昨日佐藤亜紀の『小説のタクティクス』を読んで思い出したことがあったので。あまり関係ない話ですが。

今年の春頃に竹本健治ウロボロス偽書』で読書会をやったんですが、色々思うところはあるにしろ、一番の反省が、読書会をやった時期、自分の関心があまりアンチミステリになく、もちろん読書会をきっかけに課題本についての理解を深めようという意図はあったものの、レジュメを作成する際のモチベーションが「この本がいかに面白いかを伝える」ではなく、何かしらの憎悪とか、そしてそれに由来した啓蒙を目的にしていたところがあって、課題本を殴り棒に使ってしまったのは失敗でした。自分の興味の波のタイミングが悪かったとも言える。とは言え元々主張の強い小説なので、そこを無視しないのであればそうなってしまうのもしょうがないんですが。おとなしくプリーストを課題本にするべきだったかも。

『小説のタクティクス』の感想ですが、これはすごい本なんですが、このすごさを知る必要もない人の方が大多数なんだよな、ということを思いました。そういうところで啓蒙しようとしてもあまり意味がないというか。もっとも『小説のタクティクス』を読むなんて人は皆自分で必要だと思って読むのでしょうから、そうでない不必要な人には最初から届かないと思いますが。

 

 

ブラックビスケッツとは関係なく、南原もキャイ~ンの天野くんも一部では評判が悪いようですが、そこで言われる欠点も含めて愛おしいところがあるんですよね。憎めないというか。

人と会わない生活が続くので独り言

サザンオールスターズのベスト盤が出ました。2000年以降、サザンよりも桑田ソロの活動の方が活発で、セールスこそ安定しているもののサザンのヒット曲は「TSUNAMI」以降「君こそスターだ」くらいしかないと言われる状況(それなのにベスト盤未収録)。あとは「I AM YOUR SINGER」、「ピースとハイライト」といったご祝儀的シングルばかり。「蛍」「東京VICTORY」はぎりぎり浸透しつつあるのか。ともかく20年間のベスト盤という割に内容はそんなに濃くなく、あまり売れないだろうな、という印象。目玉は新曲3曲(プラス1曲)とアルバム未収録の4曲でしょうか。僕自身ファンですけど、2012年のソロのベストアルバムである「I LOVE YOU」ほど購買欲がそそられませんでした。あちらはオールタイムベストだということもありますが、新曲が多かったり、ボーナストラックが付属していたり、あとはテレビで昔の曲を結構歌っていたこともあります。今回は新曲ばかりの披露で、今のところ過去の曲は涙の海で抱かれたいとLOVE AFFAIRだけ。今までは懐メロ歌手化としないために過去の曲は歌わないようにしてきたのでしょうがベスト盤の時くらいは歌ってもいい気がするのですが。まあこれからもテレビに出るようなんでそれに期待。ところで新曲「壮年JUMP」のPV、ひどいですね。過去のPVを走馬灯のように流すシーンだけは""歴史""を感じ、良かったのですが。サザン・桑田ソロのPVを見ているとつらくなることが多いです。2009年以降の見ていてつらくなるPVをあげておきますと「幸せのラストダンス」「涙をぶっとばせ‼」「ヨシ子さん」「若い広場」「アロエ」「ピースとハイライト」「天国オン・ザ・ビーチ」。つらくなると言えばテレビに出た時のギャグもつらいですね。昔の映像を見ていても、確かに寒いことを言って(やって)すべるのはお家芸みたいなところがあるのですが、2009年以前は妙にふてぶてしいというか、人相も柄も悪いし、ぼそっとしたしゃべり方のせいもあると思いますが、まだアバンギャルドな風に見えるんですね。でもガン以降はめっきり痩せて、病気と震災が重なったせいもありますが妙にまじめになってしまい、ここで完全に大御所化。ギャグもドリフやダチョウ倶楽部的というか、桑田さん的には植木等なのでしょうが、ベッタベタなおやじギャグ、みなが笑わなくてはならない、みたいな雰囲気が作られて、とても居心地が悪い。笑いの質が明らかに変質しました。大御所にはなりたくないねという話です。大御所と言えばお笑い第三世代の方々も完全に大御所化し、硬直しましたね。ウッチャンナンチャンの内村と言えば昔はクールで人見知りで人に興味がなくて、みたいな人だったのに、最近だと芸能界一やさしい人みたいな扱いで(徳ちゃんとの結婚がこの変化を促進させたのだと思います)、これはたびたび思うことなのですが、人を「やさしい」とか「かっこいい」「美人」とか、プラスの言葉で持ち上げることは一見良いことに見えますが、それは人にレッテルを張って括ることに他ならなく、欠点などを含めて人の魅力は成立するというのに、悪い部分を一切目に入れないということは、理解を拒むことにほかなりません。大御所化というのも他者からの相対化のまなざしを完全遮断するということであり、長期的にはいじられキャラの方がお得だなあとか最近は思います。何の話をしてるんだ。

 

僕は所属するコミュニティの数が少ないため、数はともかく友人の属性が限られています。まあ遠回しな話はやめにすると高校の友人に会いたいという話です。大学になじむにつれ交流がだんだんと途絶えはじめ、現在ほとんどの相手は就活だとか(もう終わってるだろうが)で生活が忙しくなっていることが多く、今になって求めてもすでに遅く、これは自業自得です。会いたくて震えます。と言っても高校の頃の思い出話で花を咲かせたいわけでなく、むしろ大学生活の話をしたい。大学の人間よりも高校の人間との方ができる大学の話もあるのではないか、と思うので。こうなると申し訳なくなるのが今まで友人たちの大学の話を話半分に聞いてきたことで、思えば興味深いことも沢山話していたのではないか。とまあこういうわけで、このブログを見た同窓生がいたらそれとなく教えてください。ちなみに夏の高校の集まりには顔を出しません。会いたくもない人とも会わなくてはならないので。

 

ちかごろ母親から毎日LINEが来ます。内容がないものがほとんどですが、中身がある場合でもそれを口実にしていると思わせるもので、こうなったことの原因を予想するのですが、現在大学一年の弟が夜遊びばかりなので話し相手が父しかいなくてさみしい&暇だ、というのが主な原因で、第二の原因として、よその家庭と比べあまりにも息子の事情を把握していないことに今になって焦り始めた、というのが考えられます。まあそれはいいのですが、どうも母親と話すのに限らず、僕は継続的に(生活習慣の一部のように)、誰かと会話そのものが目的のLINEをするのが得意ではない気がします。LINEを連絡手段としてしか思っていない。ツイッターならオーケーだし、電話で話すのなら大丈夫なんですが(そう言えば高校の頃はLINEやSkypeの通話で何時間もつぶしたこともありましたね)。こういうこと書くとただでさえ少ない話し相手をさらに失う気もするんですが。

 

先日のコンパについて。天理教の話をたくさんできて楽しかったです。もともと会話の引き出しが少なかった僕ですが、今では小説と宗教の話しかできません。ところでコンパの話には後日談(「日」ではないですが)がありまして、やはり新宗教新宗教なんだな、という出来事がありました。貴重な体験でした。本当は某島にも行ってみたいのですが、さすがにそこまではできない。そろそろ別の宗教に目を向けなくては。

2018年7月まとめ

ひさびさに。

 

7月の読書メーター
読んだ本の数:17
読んだページ数:4844
ナイス数:165

邪眼鳥 (新潮文庫)邪眼鳥 (新潮文庫)感想
「邪眼鳥」はまだ理解ができるしミステリ的な謎から幻想・SF的な展開に至るところや濃密な文体が楽しみやすい。「RPG試案」はお手上げ。
読了日:07月02日 著者:筒井 康隆
有頂天家族 (幻冬舎文庫)有頂天家族 (幻冬舎文庫)感想
とても良かった。後半、絶対に勧善懲悪しつつ笑いあり涙ありのいい話で終わるんだろうと思って読んだが実際に勧善懲悪しつつ笑いあり涙ありのいい話で終わってみてもキャラクターが皆かわいいものだから全然いやみにならなくて満足感だけが残った。
読了日:07月05日 著者:森見 登美彦
聖地にはこんなに秘密がある聖地にはこんなに秘密がある感想
天理市目当てに読んだが全体的に勉強になった。
読了日:07月05日 著者:島田 裕巳
霧のむこうのふしぎな町 (新装版) (講談社青い鳥文庫)霧のむこうのふしぎな町 (新装版) (講談社青い鳥文庫)感想
改めて『千と千尋の神隠し』がいかに凄いのかが解った。
読了日:07月06日 著者:柏葉 幸子
新宗教ビジネス (講談社BIZ)新宗教ビジネス (講談社BIZ)感想
創価学会に感心した。
読了日:07月06日 著者:島田 裕巳
ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)感想
今更だが、凄かった。完璧なのではないかと思った。インタビューやその他外部の情報含めての評価かもしれないが。正直なところ『虐殺器官』はピンとこなかったが再読すると違うかもしれない。
読了日:07月08日 著者:伊藤計劃
吉原と島原 (講談社学術文庫)吉原と島原 (講談社学術文庫)感想
細部はあまり気にせずに。
読了日:07月09日 著者:小野 武雄
オレは絶対性格悪くない!オレは絶対性格悪くない!感想
内村プロデュース」に対する感謝の部分にだけは悪口が一切なかった。
読了日:07月12日 著者:有吉弘行
有頂天家族 二代目の帰朝有頂天家族 二代目の帰朝感想
気がついたがこのかわいらしさは『吾輩は猫である』にとても近く、それで言えば痛快なストーリーは『坊ちゃん』に通じるものがある。毎度毎度コミカルなキャラクターたちに目を奪われ6章までは問題なく進み、最終章で不穏なものが一気に奔流する。やはり狸鍋は笑えないからな。今回はファンタジー方面にも筆が進んだようで良かった。
読了日:07月13日 著者:森見 登美彦
詩人と狂人たち (ガブリエル・ゲイルの生涯の逸話)【新訳版】 (創元推理文庫)詩人と狂人たち (ガブリエル・ゲイルの生涯の逸話)【新訳版】 (創元推理文庫)感想
読書会で大したことが言えなかった。
読了日:07月20日 著者:G・K・チェスタトン
アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)
読了日:07月22日 著者:古川 日出男
資本論の世界 (岩波新書)資本論の世界 (岩波新書)
読了日:07月27日 著者:内田 義彦
アラビアの夜の種族〈2〉 (角川文庫)アラビアの夜の種族〈2〉 (角川文庫)
読了日:07月28日 著者:古川 日出男
アラビアの夜の種族 III (角川文庫)アラビアの夜の種族 III (角川文庫)感想
メタフィクションがどうだという話でよく聞く作品なので構造的幻惑があるのかと思いきや、多重の語りで構成された小説ではありつつも基本的には拡張を続ける異国の物語を物語という形でとても純粋に楽しむ豊潤な小説だった。
読了日:07月29日 著者:古川 日出男
すぐそこの遠い場所 (ちくま文庫)すぐそこの遠い場所 (ちくま文庫)感想
オチがオチなので言うだけ野暮だけど、アゾットという世界の人間による記述だという態でありつつ思考の形式は間違いなくこちら側のもので、具体的には過客の語り方に違和感を覚えた。いやこういう批判もオチによって無効化されているのか? そこまで完璧にロールプレイングする必要はないのか。いつも通り小道具にはとても感心し、幼少期の記憶が刺激される。
読了日:07月30日 著者:クラフト・エヴィング商會
天理教―神憑りから新宗教へ天理教―神憑りから新宗教へ感想
教祖や教義自体にあまり興味はないが、ただ単に宗教の神秘性を乱暴に解体するのとは違う手法、つまりいかに語りいかに語られてきたかを解き明かすことで宗教の形成を説明するのは面白い。
読了日:07月30日 著者:島田 裕巳
(P[く]2-1)黒揚羽の夏 (ポプラ文庫ピュアフル)(P[く]2-1)黒揚羽の夏 (ポプラ文庫ピュアフル)感想
多層的な作品で感想が難しい。基本的には夏・田舎・殺人事件・冒険といった要素で表せる話なので扱う事件を絞って爽やかにすれば"いかにも"なジュブナイルになったのだろうが、社会的な問題や町の歴史、狂気、性などまで包括し複数のジャンルを跨いだ作品になっている。オチでいい感じに締めているけど読後感は一筋縄ではいかない。豊かな小説でありつつ解像度の高い田舎の夏休みを魅力的な謎と共に楽しむことができるというシンプルな強みもしっかり持っているのでヤングアダルトとしても悪くないと思うけど、難解ではあるだろう。
読了日:07月31日 著者:倉数 茂

7月の読書メーター
読んだ本の数:5
読んだページ数:784
ナイス数:3

ギャシュリークラムのちびっ子たち―または遠出のあとでギャシュリークラムのちびっ子たち―または遠出のあとで
読了日:07月14日 著者:エドワード ゴーリー
もしもし、てるみです。 2 (2) (ビッグコミックススペシャル)もしもし、てるみです。 2 (2) (ビッグコミックススペシャル)
読了日:07月18日 著者: 
七色いんこ (4) (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)七色いんこ (4) (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)感想
いろんな出版社から出ているものを順不同で読んでいるがそろそろ最終話を読んでみてもいいかもしれない。
読了日:07月21日 著者:手塚 治虫
りとる・けいおす 完全版 (アクションコミックス)りとる・けいおす 完全版 (アクションコミックス)感想
すごい。まず絵がすごい。
読了日:07月30日 著者:涼川 りん
夢 印(1): ビッグコミックス夢 印(1): ビッグコミックス感想
なんだこれは。どうも浦沢直樹のノンシリーズの人情モノはあまり好みではないらしい。ルーヴルとイヤミだけのお話。ナンセンス漫画のような、絶妙のバランスで成立しているところは面白いが話のスケールのわりに演出が過剰で、全体的にとても居心地が悪い。トランプ批判みたいなのもどうなんだ。ウランちゃんみたいな女の子は可愛かった。ところで浦沢は手塚治虫藤子不二雄A赤塚不二夫をオマージュしてきており、本当にトキワ荘漫画家を継承した現代の漫画界の代表になろうとしてるんだと思うが、そうなると次は誰をオマージュするんだろう。
読了日:07月31日 著者:浦沢直樹

 

映画も見ました。 

夜は短し歩けよ乙女

『つぐみ』

『BU・SU』

君の名前で僕を呼んで

ジュラシック・ワールド 炎の王国』

『ごめん』

20世紀ノスタルジア

 

印象に残った小説は『有頂天家族』、『有頂天家族 二代目の帰朝』、『ハーモニー』、『アラビアの夜の種族』、『黒揚羽の夏』。印象に残った映画は『つぐみ』、『BU・SU』、『ごめん』、『20世紀ノスタルジア』。印象に残った出来事は大雨、麻原彰晃らの死刑執行、部屋の水漏れ、火事天理市二度目の来訪。以上です。

あの夏へ

どうも、エアコンと扇風機の二刀流で夏の暑さをしのいでいるawoです。

いやあ、深夜に見てはいけないブログをいくつも見てしまいましたw

普段は極力目に入れないようにと言うか、忘れよう忘れようとしているのですが。

この話、誰に伝わるんだろう? 昔の友人たちもさすがにこのブログはもう見てないだろうし。

あの頃はばかだったなあという一言で済ませられる話なのではありますが、それではあまりにもさみしい!

我ながら記憶力はいい方だと思っていますけど、過去の実物を目にすると良い方にも悪い方にも思い出を歪曲・修正してしまっていることを自覚してしまいます。

 

しかし元々過去のことを振り返っては懐かしむことの多い人間ではあったんですが、いよいよ高校時代までもがその視野に入ってくるとは、ずいぶん年を取ったものだと思いますね。

フロイト先生も過去の記憶を抑圧せずに、それを認めていかにうまくやっていくかが大事だと言っていた気もするので、そういう時期が来たのかもしれません。

 

今回、改行が多いのも復刻版のスタイルです。では、また!

発掘

引き出しを漁っていたら、家族にみられると恥ずかしいということで実家から避難させたいくつかの自由帳を見つけました。そんなもの恥ずかしいに決まっているのでずっと忘れていました。

ノートを三冊見つけました。

三冊とも小学六年生の頃に使っていた自由帳で、イラストや文章を見るに小学校を卒業をした後も自宅で使用していたようです。

小中学生の頃の僕の将来の夢は漫画家だったので、これらの自由帳にも漫画が描いてあります。とは言えプロを目指していましたからちゃんとした漫画はケント紙に描き、大学ノートには落書きやプロット、ネームしか書きませんでした。

そのノートの中に、自分史上最も壮大なお話が記述されてあったので、過去の自分には悪いですがネットの海に放流してみようと思います。

書かれた時期は前後の記述を見るに中学一年生の一学期だと思います。

 

AKIRA」参考

 

はじめ・・・21××年・・・第三次世界大戦が起こる

世界のあらゆる宗教団体が「神の子が生まれる…」と予言する

そして生まれた神の子に新世界を作ってもらうため、宗教団体は戦争により、世界を破壊し、「無」に近い世界を作ろうとする。しかし(神の子が)生まれなかったので、もう一度戦争を…→第四次世界大戦を起こす

→(神の子)誕生!!

生き残った、超能力を持った戦士たちが神の子を殺そうとする

しかし、神の子は新世界を作った後、ピストルで自殺…

国際連合と戦士は、新世界から今までの世界へ戻そうとする…

テーマ 生き物にとって、どの世界が一番いいのか!?

大長編!!…になりそう…

何年かかけて書こう。ちょっとずつ

 

すごい。

個人的には『AKIRA』をそんなに早い時期に読んでいたのかという驚きもあるのですが、『AKIRA』と言うより完全に大友以前のSF、それも手塚治虫とか昭和のその辺りですよね。どこらへんを参考にしているんだろう。第三次世界大戦とか神の子、超能力者? 確かにそうだけど、古臭い。いや、その当時の自分が読んでいた漫画を考えれば当然なんですが。

ちなみにこの直後からは浦沢直樹っぽいSF漫画(32ページ)を描いているので、随分と垢抜けたものだと思います。

つっこみどころはたくさんあるのですがこういうのを考えちゃう気持ちは今でも解るので、当時の自分を尊重しようと思います。しかし「テーマ」って。

同じページにスキーを題材としたた漫画のプロットも書いてあり、こちらは本当の本当に赤面ものです。スキー部に所属していたからとは言えこの僕がスポーツものを書こうとしていた頃があったなんて(僕は手塚治虫をリスペクトしているのでスポーツものにはまったく興味がないのです)。

いわゆる中二病的な黒歴史は持っていないのですが、方向が違うだけでこれも似たようなものなんですかね。解らないですが。

ところで自分史上最も壮大なお話と書きましたが、実は同じノートにそれと同レベルの話がも少し綿密に書かれてあります。ここに書き写すのが大変ですし全部読み通すのがつらいので簡単な紹介にとどめますが、これも似たような話で、核戦争後に残った子供たちがすったもんだの末現在の人類の祖先になる(つまり未来のお話に見えたが実は大昔の話だった)という、手塚治虫っぽいと評価せざるを得ないもので、ゼロ年代も終わろうとしていた頃にそんなお話を考える中学生が存在したなんて我ながら信じられませんね。

現在の僕とはおそらく根本的にお話の作り方が違います(漫画と小説という媒体の違いこそあれど)。昔は何の苦労もなくお話を思いついていましたが(この話もそのはず)、ネットのアマチュア物書き界隈を見るにそっちの方が正常な状態である気がします。

20180418

読書会が来週に控えているため参考文献・サイトを色々と見始めました。

課題本に直接言及している文章は少なく、大抵作者そのものの論か、デビュー作についてのものばかりです。そのデビュー作を高校の時に読んだきりであまり覚えていないのが痛く、再読すればいい話なのですが時間に余裕がありません。どうしたものか。

ところであやふやな文学知識で今回は持論を押し通すつもりなんですが、何故か毎回読書会では課題本を超えて自分の妄想的な考えを主張しようとしてしまいます。読書会は1回、架空読書会も1回経験したことがありますが、そのどちらも我ながら頑張ったとは思いますがレジュメを読み返す勇気がありません。今回もまたそうなるんだろうという予感がありますが、まあ読書会はライブみたいなもので、その場にいる担当者と参加者だけが共有できる一回性のもの、みたいな認識が僕の中にはあるので、それはそれでいいんですが。でももう少しクールな読書会をやってみたいですね。テキストから解ることだけを緻密に分析する読書会。無理だと思います。結局読書会と言いつつ小説を書いているようなものです。

読み返すときのつらさは、自作の小説でも同様のことが言え、自分のエモーショナルな部分を極力排した、趣味に徹した作品のほうが気楽に読み返すことができます。減点法では傷が少ないものの加点法ではあまり点数を稼げない作品、ということになるんだと思います。それがいい作品なのかは知りませんが。

 

話は変わりますが、僕は大林宣彦の作品は『時をかける少女』と『天国にいちばん近い島』しか見ていませんが、過去に自作で尾道三部作のうち二作をモチーフに使ったことがあります。もっともそのうちの一作は大林版というよりとり・みき版の短編で、書き始める際に確認したのも山中恒の原作小説のみなので、モチーフ、と言い切れないところもあるのですがそこはそれ。今回長編を書き終えてみてようやくその符号が(偶然ですが)成り立っていることに気が付きました。大林にもおそらくジュブナイルSFのツボがあると思います。僕も一時期山中恒を元ネタに何か書けないか、と思っていた時期があったので解ります。で、この流れで行くと、今度は尾道三部作の残る一作を使って何か書かなければならないということです。尾道三部作もそうですが色々と見なければならないものがたくさんあるようです。南原が大林監督・重松清原作の映画に出ているそうで、これも見たい。

 

引用とサンプリングは何が違うのかという話がありますが、小沢健二の「愛し愛されて生きるのさ」を例にとってみますと、

10年前の僕らは胸をいためて「いとしのエリー」なんて聴いてた ふぞろいな心はまだいまでも僕らをやるせなく悩ませるのさ 

 「いとしのエリー」が引用で、「ふぞろいな心」がサンプリングですね。(「いとしのエリー」が主題歌のテレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』より)

たった十年前なのか、という驚きもありますがそれはともかく話をサザンへ接続して「見つめ合う」という歌詞の意味合いの変化など書きたかったのですが、歌詞検索をしたところ持論が崩れてしまったので今度リベンジします。オチのない話ですみません。

 

 

進捗メモ14 完結編

4月1日の午後11時ごろに原稿が完成しました。95000字。

おそらく29日の夜の時点で50000字、30日に5000字書いて31日に16000字、1日に24000字書き、脱稿。

これが限定的なものなのか解りませんが(ヒトカラと睡眠不足で朦朧としているので)、もはやここ数日の記憶がなく、最近はツイッターも控えていたので何をしていたのかよく解りません。でもスキー旅行や自動車免許の試験日以外は大体5000字書き、このブログを見るに19日から書き始めたそうですから二週間、実質十日で95000字の長編を書いたことになります。スピードは定量化できるものなので自画自賛してもいいと思います。これは驚異のスピードです。やればできるもんですね。

ただ、始めの4,5万字くらいまでの出来は個人的にはそこまで嫌いではなく、過去の記事ではいろいろと文句を言ったかもしれませんが、文章に時間をかけることはできていました。しかし後半、時間不足のため完成させることを目的に、物語・プロットに沿った書き方ばかりするはめになり、一体何のために物語があるのだという思いに囚われました。結果的に物語が生じるのではなく物語のために小説を書くという苦痛に耐えられなくなったのがおそらく28~30日。31日と今日はそんなことを考える余裕もなく、ただひたすらに一時間に1500字書くことだけを目標に書きました。読み返してないので解りませんが、と言うか客観的に読めないので解りませんが、前半と後半では読み心地が随分と違うんじゃないでしょうか。

この二日間は自分で何を書いているのかさえ解らず、物語の整合性やキャラクターの台詞・心情、語り手のモノローグその他、何も考えないで書き進めました。事前に考えていたプロットや展開、ネタや情報提示はできているはずですが、文章はめちゃくちゃのはずです。雑誌連載が単行本になった際に漫画家が加筆・修正をする理由が解りました。

ただ、だらだら書いていたら途中でモチベーションが切れて執筆を中断させていた可能性が高いので、悪いことばかり注目するのはフェアではありません。

最後の三時間で書いたパートは特にめちゃくちゃなはずです(先ほどからはず、と言っているのは、読み返す勇気がないからであり、後半5万字は時を開けないと目に触れるのもいやかもしれません)。いい話と言うか、まあそういう話なんですけど、自分の頭の中にある考えみたいなものがそのままオブラートに包まれず差し出されてあって、情緒がありません。いい場面もさっぱりしすぎて。逆に普段ならば書くのが憂鬱でならない説明場面を心頭滅却して素早く書けたのはうまくいった、と言えますが、シナリオのト書きみたいな感じで、だめです。

その最後の場面に入る直前に、クッション的パートが二つあり、それを今日書いたのですが、前者は前にも引用した某小説からサンプリング、後者は自分の過去の原稿からサンプリングしました。これは楽しかったです。字数を稼ぐ必要があり、サンプリングは字数稼ぎのために行った、という事情も半分くらいは正解です。他の部分と比べて文章がうまいです。前者に関しては、今回は勇気がなかったのでほのめかしを入れておきました。

この原稿はゼロからネタを練ったものだと思っていたのですが書き終えてみると、前に中断していた原稿をネタ元にしたメタな話だということが解りました。そもそも前の原稿自体が某作のオマージュと言うか換骨奪胎みたいなもので、今回のもその某作のオマージュなんですが、パロディの色合いが強まり、お前本当は嫌いなんじゃないか、みたいな、アンチテーゼみたいな書き方になってしまったようで、まあいいんですけど、これは意図せざることだったのでひやひやしています。

ジャンルがいよいよ解らなくなり、まあSFなのか、という気もしますが、センスオブワンダーはないし、メタSF、というかメタ・☆☆☆系ですね、正確には。構造はミステリですが本格ではなく、伏線とかバンバン無視して書きました。なるほど、本格ミステリにまつわる人間のプライドが高いのにも、それだけの理由があったわけですね。

とりあえず夏以降にためていた鬱屈したものを吐き出せたのはよかったです。夏に一つ書きましたが、むしろストレスを増加させるような作品でしたから。ただその作品があって今回書けた、というのはあるので、無駄ではなかったし、考えようによっては一番の貢献者です。もちろんこの半年のものが全部詰まっているというほど何でもかんでも詰め込んだわけではなく(そうしたかったのですが余裕がありませんでした)、使い切れなかった材料がいくつもあるんですが、空気や気分みたいなのは後々になって読み返すと思い出せるような気がします、というような感覚、これは未来回想と言って、これを書きたかったんですが、朦朧としていたせいで書き忘れてしまいました。

今までは自作に自己正当化を施してきたため自分の能力に疑問を持っていなかったのですが、今回は否応なく技術不足を痛感させられました。痛感するために書いていたと言っても過言ではありません。これは読書の際にも有効な気がします。

反動で、今回の作品とは正反対の書き方をしたい気持ちでいっぱいです。今の書き方も、必ずしも欠点だらけではないと思うのですが、もう飽き飽きで、砂のお城を丹念に作るように、一日1500字くらい、時間をかけて情報量の多いものを書き、こつこつと二か月くらいで長編を完成させる、というのが今の理想です。二週間で書くっていうのは人間のやることではありませんよ。スピード勝負でもないのに自分で勝手にやっただけですが。

サークル向けでない作品を大学生になってからは初めて書きました(文フリに出したMONOも、実質内部向けのつもりでした)。なので人に見せるのがすごく恥ずかしいです。そもそも誰か読んでくれる人がいるのかは解りませんが、会話の流れで見せるという話になれば。

参考文献一覧を載せようと思っていたのですが、ネタバレになりそう、というのと、秘密にしたほうが深みができる気がしたのでなし、です。ただ、この半年間くらいのストックをほとんど使っちゃったので、これからは頭を切り替え、蓄積に励みたいと思います。

長編と言いつつ長めの中編くらいの分量ですね。書き方も一回生、二回生時の夏に書いたものの延長線上にあって、それに三回生時の夏のものをまぶしたりしたようなものです。もうちょっと工夫ができそうというか、上乗せができそうな気がします。

キャラが途中から動いてくれたのはいいんですが、口調が定まらないキャラが一人いて、これは失敗です。あとはキャラが動くと言いつつ、キャラクターが立っているかどうかはまた別問題で、これも今回の課題だったのですが、まだまだ勉強の必要があります。人物配置は悪くない、とは思います。

当初書きたかった三人称の文体も一人称の文体も失敗し、まったく別の一人称で書きましたが、だんだんとうまくなったのに、終盤で急いでいたためうまく書けなかったのは残念です。で、資料をもっと活用するべきだったな、と。この不満は次回以降に解消することにしましょう。

いくらでも考えていることを連ねていけるのですが、眠いので、ここらへんで。ではまた。